三条市指定有形民俗文化財「中浦歌舞伎関係資料」
幟
台本「中浦芝居稽古本三番之部」
三条市指定有形民俗文化財「中浦歌舞伎関係資料」の概要
1 種別
有形民俗文化財
2 名称
中浦歌舞伎関係資料
3 員数
158点
4 指定年月日
令和3年6月30日
5 所有者
中浦自治会
宗教法人鹿嶋神社
6 所在地
三条市中浦字芦中733-1(中浦集落開発センター)
三条市中浦字沢入848 (鹿嶋神社)
7 概要
中浦歌舞伎は、『下田村史』(下田村史編集委員会1971)、『広報しただ』(浦賀定一1976)、『しただの民俗』(堀江長栄1980)によれば、江戸時代後期の文政年間に上方参りの際に歌舞伎に魅せられた高野平十郎によって始められたという説がある。中浦歌舞伎は戦時中を始め幾度か中断されたが、その都度集落の人達の努力により再興した。昭和28年には中浦歌舞伎保存会が発足しその保存に努めてきたが、中浦小学校で平成7年10月の公演を最後に現在は途絶えている。
中浦歌舞伎関連資料には、衣裳54点、大道具11点、小道具42点、台本40点、鬘5点、楽器2点、化粧道具2点、鹿嶋神社奉納額2点がある。衣裳は「衣裳箱No1浦賀1」(指定1)や「遠見他具函 第参号」(指定83)などと書かれた木箱に収められていた。これらの箱は、火災などに備え各家に分散して保管していた。衣裳は、三番叟の素襖(指定86)、一谷嫩軍記の熊谷直実の半纏(ハンチャ・指定32)と鎧(指定82)、平敦盛の袴(指定85)、玉織姫の裲襠(指定80)、仮名手本忠臣蔵の斧定九郎の黒紋付長着(指定22)などがある。
大道具の幕・幟には、「演藝会 大正15年4月29日進上」と年号が入った引幕(指定8)、中浦歌舞伎保存会発足を記念して集落から贈られ「贈 中浦歌舞伎一座江 昭和29年4月吉日」と年号が入った大きな引幕(指定3)、飯田の「引為き」から贈られた引幕(指定7)、「大入叶 中浦歌舞伎一座」と書かれた幟(指定4)などがある。小道具には中浦歌舞伎の十八番、仮名手本忠臣蔵五段目山崎鉄砲段で使われた與市兵衛の紐付財布(指定102)や「矢口之渡し」と書かれた手燭(指定105)、顔世の文が入った文箱(指定108)、中浦歌舞伎公演手書チラシ(指定149)などがある。
台本に独自のものとしては2代岩井成之助を名乗った渡邉盛次氏が大正6(1917)年に書き残した三番叟のやり方を示す「中浦芝居稽古本三番之部」(指定152)がある。台本の演目には、仮名手本忠臣蔵(指定42~47等)、一谷嫩軍記(指定49・63・64・73)、奥州安達原(指定58・59、74~77)などが比較的多く見られる。また昭和29年の写真に写っている絵本大功記尼ヶ崎の段(指定62)、近年の演目として三人吉三巴白波大川端庚申塚の段(指定146)などもある。楽器は締太鼓(指定139)と三番叟に使った笛(指定148)がある。化粧道具は白粉を塗るウサギの足のハケ(指定147)などがある。中浦集落の鹿嶋神社には役者名が連記された明治26年と大正5年の奉納額(指定150・151)がある。この鹿嶋神社の奉納額以外は、中浦集落開発センターに保管されている。
以上のように、これらの中浦歌舞伎関連資料は、中浦集落でおおよそ200年間も伝えられてきた民俗芸能「中浦歌舞伎」の様相を具体的に物語る貴重な資料である。特に歌舞伎は三条市内でこの中浦集落にしか確認されていない。
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指定物件点数 |
1 衣裳 |
54点 |
2 大道具 |
11点 |
3 小道具 |
43点 |
4 台本 |
40点 |
5 鬘 |
4点 |
6 楽器 |
2点 |
7 化粧道具 |
2点 |
8 鹿嶋神社奉納額 | 2点 |
合 計 |
158点 |
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更新日:2021年07月06日