石田屋小路
石田旅館脇の小路です。江戸時代享保の頃には大地主で、村上藩より名字帯刀を許された石田家が土手まで広がっていました。酒造り(越の里)や旅館などを手広く営んでいたといわれ、明治13年(1880年)糸屋万平火事の時に焼失した後、石田ツル氏が旅館を再建されています。 (本町四丁目(ニノ町))
小路名の由来について情報をお持ちの方がいましたら、 生涯学習課まで情報提供をお待ちしています。

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石田旅館脇の小路です。江戸時代享保の頃には大地主で、村上藩より名字帯刀を許された石田家が土手まで広がっていました。酒造り(越の里)や旅館などを手広く営んでいたといわれ、明治13年(1880年)糸屋万平火事の時に焼失した後、石田ツル氏が旅館を再建されています。 (本町四丁目(ニノ町))
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更新日:2019年02月20日