名誉市民

諸橋轍次氏(故人)

 明治16年6月4日南蒲原郡四ツ沢村(現三条市庭月)生まれ。
 昭和5年東京文理科大学教授になる。
 昭和30〜35年大漢和辞典全13巻を刊行する。
 昭和37年8月8日下田村名誉村民となる。
 昭和40年文化勲章を受ける。
 昭和51年勲一等瑞宝章を受ける。
 教育者であり、漢学の第一人者で、大漢和辞典の編さんなど数々の著書がある。
 昭和57年12月8日逝去。(100歳)

諸橋轍次氏の写真

諸橋轍次氏

著書の一つである、諸橋轍次氏が編さんした「大漢和辞典13巻」の写真

「大漢和辞典13巻」

岩田正巳氏(故人)

 明治26年8月11日南蒲原郡裏館村(現三条市東裏館一丁目)生まれ。
 大正7年東京美術学校日本画科卒。昭和52年日本芸術院会員となる。
 昭和54年勲三等瑞宝章を受ける。
 代表作「高野草創」(第11回帝展特選)、「大和路の西行」(第15回帝展特選)、「石仏」(第17回日本芸術院賞)ほか多数。
 昭和59年3月9日三条市名誉市民第2号となる。
 昭和63年3月9日逝去。(94歳)  

岩田正巳氏の写真

岩田正巳氏

岩田正巳画伯追悼展・図録の中の一ページの写真

渡邉義雄氏(故人)

 明治40年4月21日三条町大町(現三条市本町三丁目)生まれ。
 昭和3年東京写真専門学校卒。昭和33年日本写真家協会会長、日本大学芸術学部教授となる。
 昭和53年勲三等瑞宝章を受ける。 平成2年文化功労者となる。
 代表作「伊勢神宮」「宮殿」「迎賓館」ほか多数。
 平成2年12月10日三条市名誉市民第3号となる。
 平成12年7月21日逝去。(93歳)

渡邉義雄氏の写真
宮殿(毎日新聞社刊)の中の1ページの写真

小林ハル氏(故人)

 明治33年1月24日南蒲原郡旭村(現三条市三貫地)生まれ。
 昭和53年に文化庁長官より「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財の選択」の認定を受ける。
 昭和54年黄綬褒章を受ける。
 主な活動は諸芸小劇場・耳承口伝「瞽女文学の夕べ」の芸術祭に参加。
 祝福芸の系譜「万歳と春駒」に出演し、瞽女万歳「柱立て」を公演(昭和53年東京・国立劇場)。
 平成13年9月6日三条市名誉市民第4号となる。
 平成17年4月25日逝去。(105歳)

小林ハル氏の写真

小林ハル氏

正座し両手を膝の上に置く小林ハル氏の写真

鶴巻三郎氏(故人)

 明治41年2月3日三条町神明町(現三条市神明町)生まれ。
 昭和21年「せんこはなび」(第2回日展特選)、昭和53年新潟県美術家連盟理事長に就任。
 同年秋に勲五等双光旭日章を受ける。
 昭和59年「抱包」(第23回日本現代工芸展文部大臣賞)ほか受賞多数。
 人形制作に新しい道を開き、名実ともに紙塑人形作家としての地位を築く。
 平成14年9月9日三条市名誉市民第5号となる。
 平成17年6月12日逝去。(97歳)

鶴巻三郎氏の写真
代表作の一つである紙塑人形「せんこはなび」の写真

「せんこはなび」

ジャイアント馬場 本名:馬場正平氏(故人)

 昭和13年1月23日 三条市西四日町生まれ
 昭和30年に読売巨人軍に入団
 昭和35年に日本プロレスに入門
 昭和40年のNWA(全米レスリング同盟)インターナショナル・ヘビー級選手権王座を始め数々のタイトルを獲得
 前人未到の国内通算5,758戦を達成し、日本プロレスリング界を代表するトップリーダーとして生涯活躍
 平成11年1月31日逝去(61歳)
 平成28年9月5日三条市名誉市民第6号となる。

腕組みしたジャイアント馬場氏の写真

ジャイアント馬場氏

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更新日:2019年02月20日