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  下新田までの築堤




   ■今でも残っている堤防


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北側を望んで、本成寺の方向を撮影 平成11年12月



 現在では、堤防の上は道路となっている。この堤防は、本成寺を囲む堤防とつながり、桜土手と言われた現在の桜木町、南小学校の横を通り、やがて五十嵐川の左岸堤防へとつながる。





   ■堤防の上


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南側を望んで、下新田の方向を撮影 平成11年12月



 堤防の上の様子である。道路の脇にはクルミの木が植えてある。下新田から左に曲がり、東本成寺や西中の堤防につなげられた。今では、松尾が心血を注いだ堤防だと知る者はほとんどいない。
 なお、東本成寺は、村を堤防で囲んで村を洪水から守ったが、今でもその輪中の一部が残っている。



   ■輪中のあった東本成寺

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堤防の跡に沿って北側を望む 平成11年12月



 うっそうとした茂みが堤防である。本成寺中学校の用地確保のため、この堤防が国有地からその地主に払い下げられたそうである。したがって、多数の地主に分割され、部分的に残っているそうだ。写真の辺りは、かつて堤防が決壊したことがあるという(たまたま通りがかった老人談)。
 また、この堤防上にはクルミが植えられ、子供の頃はクルミもぎをしなければならず、とても大変だったそうである。
[中沢禎壱氏談]




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