
堤防を作る土
■30万立法メートル
荒木常能氏の試算による
堤防の断面は、新堤碑の数値として計算し49平方メートル、左岸堤防の総延長は6,034メートルである。したがって、これをかけておよそ30万立方メートルの数字が出すことができる。これは、パルムマンション部分のおよそ12倍のかさとなる。それだけの土をどのように確保したのであろうか?
■土はどこから?
大箭藤七氏による
今となっては、想像するより他にない。大箭氏によれば、堤防近くの田んぼの土を使ったとのことである。五十嵐川の土では、砂質なので築堤には向かないので、このようにしたとのことであった。荒木氏も幼少の頃に、五十嵐川の土手沿いの田んぼ側に窪地が見られたことを指摘されている。しかし、低湿地での貴重な田んぼの土を使うことへの疑問もある。信濃川流域の昭和初期までの地図を見ると、川原に沼が点在している。これは、堤防を作るために土を採取したためにできたものである。五十嵐川も田んぼではなく川原の土ではなかったか、という疑問である。(
神保光男氏)
