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三条鍛冶の技 「握鋏」

最終更新日:2008年4月1日

 明治25年(1892)の春、岩崎又造(4代)は、18才で父に連れられて青森へ行商に旅立ちました。 その後、秋田県象潟町塩越に鋏を造る名人がいることを聞き、訪ねました。 名人の鋏には守道と刻み込まれ、それは立派な鋏でした。早速買い求め、三条の鍛冶町に住む鍛冶職人樋口四郎平に鋏を造ることを頼みました。岩崎又造は塩越で見た名人の仕事場の様子や、鋏の火造り・鋏の太さ・型の取り方・研ぎの道具・バネの造り方・合刃の合わせ方・∪字に腰を曲げる方法などを樋口四郎平に伝え、岩崎又造も一緒に工夫を重ねていきました。

 良く切れる鋏を造ることに一念をかけ、樋口四郎平は鋏の腰を曲げる独特の方法をあみ出しました。それは大変な苦労でありましが努力の末、ついに三条で初めて守道鋏が造られました。三条の守道鋏の名声は年を追って高まりましたが、古城町の山弥商店のすすめで六ノ町の野俣弥六が守道鋏の長所をとり、新工夫を加えて「守町」鋏を送り出したのは、明治30年(1897)以後だったと言われています。その後、兵庫県小野市・大阪府堺市・京都から様々な握鋏が三条に持ち込まれましたが、今日では他県に劣らぬ鋏が出来るようになりました。しかし三条の握鋏の歴史は浅いが、名人を多く生み出したのは先駆者の苦労が並々でなかったことを物語っています。


※守道鋏の名は、慶応3年(1867)の岩崎又造商店の棚卸帳に少数ながら記入されていることから、あるいは先人による試作があったかも知れません。(「三条市史資料」より)

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